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インターネット死体蹴り

灯台へ

けものあぶらの火にあぶられ ランタンのがらす窓がくろく油じみで煤けてゆく 灯台守としての日課である夜ごとの火入れのため 背筋のまがった老父は ふじつぼまみれの磯べりの階段を シブレの杖をついてくだってゆく 目なきである海底泳行群を導くための深海…

未完の恋のcoda

女の子たちは虫歯の奥に恋心を隠している これはまったく本当の話だ 二人でみかんの海を泳ごうと誘ったときに 君がいかめしい顔をしたのは 胸の虫食み穴につぶつぶのみかん汁が染みるからだ 僕の不埒な雄の昂ぶりが君の羚羊の悲鳴となって ふたりきりの海水…

義眼交換会

木曜日の午後の定例お茶会で 六人の少女たちがそれぞれ持ち寄った私製義眼を交換する くずきりの硝子体、羊羹の瞳孔、飴細工の角膜が 青くくすんだ瀬戸物の皿に一揃いずつ置かれて ぬらりとした涙液の中にひたされ ティーポットの中の紅茶葉が蛹から孵る毒蛾…

日々の祈り

骨肉をすり減らして働く生活が切れ間なく営まれ 日々の祈りがその強度を増した 駅の公衆便所に膝を突き 糞便と尿にまみれた床にぬかづいて 再生紙のちり紙を苦行者のごとく奥歯でかみしめ 僕は僕の先細る魂と 貴いしろがねのすべてを賭して この街を遍く見守…

道迷い

きつねとの別れのあと 埃の粒子が粉っぽく頬をぬらし 泪の跡が目立たなくなるのを歓迎した かなしい出来事が多すぎたから 泣き疲れた迷い子はすずかけ通りを南南東へ向かい 加密列の香る国道沿いのバス停で道を尋ねた 「59系統の市営バスにお乗りなさい」 「…

黄昏

サイダー壜の底にうずくまる 気泡を固める仕事を行ううち 甘やかな少年の心は穿たれた 冬の日のアトリウムは人類が 滅んだあとの閑けさに抱かれ 眠気が木々のすきまへ溜まる 瓦礫の上に音もなく雪降る刻

水彩画

しめりけのある透明水彩として描かれた工場街の遠景 たっぷりの水を含んだ絵筆が水彩紙をなでると 灰と青灰色の作業服の工員たちが またぞろ工場の戸口からあふれ出てくる 明度の低い群衆が腹を空かし 食堂のあるトタン屋根のバラックへと殺到した ときおり…

炭酸浴

とねりこの森 白くすべすべした玉砂利の小径 ソーダ水の湧く泉 私たちの組は麻の布で、ぎしぎしした未熟な果実を隠して 微炭酸の揺蕩う水辺に手足をひたした 沐浴は日が暮れて仲間の顔の区別がつかなくなる頃から 物見塔の突端へ月のかかる頃まで営まれる 木…

年代記

雪融けの流水に洗いぬかれた骨の体を木陰にさらした 白く漂白され 木管楽器の空洞を抱えて 別離の季節は爪弾かれてゆく やがて骨は月日の重みに耐えかねて おのずと生じた割れ目や陥没を 無数の怠惰な苔が繁茂した すなごけ ぎんごけ 骨という骨を ビリジア…

バレンタインデー

鬼灯色をした硝子の球体を口に含んだ 舌で転がしたなめらかなあめ玉の味 奥歯で噛むと硝子に亀裂が生じて ぴしん、ぴしんと共鳴した 続いて素焼きの陶器の破片を口へ入れる 舌先が土っぽくざらつく 味覚を刺激するのは子供の頃遊んだ花壇の味 粘土の粉が糸切…

月見酒

見事な月の晩なので 僕らは全身を無数の月光で貫かれ ほとんど瀕死だったのだが 酒飲みの卑しさで まだ飲み足りないとコンビニで酒を買い 川辺で月見酒と洒落こむことになった 冬枯れの葦の繁る土手を 体の無数の傷穴から酒気を垂れ流してよろめき下った 上…

次の詩へ

埋葬されてすぐ墓から蹴りだされて次の仕事が与えられた むかでを集める道具でむかでを集めてむかで油を作る 作ったむかで油を売ってお金を集める 集めたお金でむかでを集める道具を作る くりかえし そのくりかえし 仕事がつらくて何度となく穴を掘って逃げ…

飢餓

傷んだバターに含まれる蠱惑的な乳脂肪分が 精神に奇妙な作用をもたらしたのか? 僕らはもう ずいぶん長く人間の食べものを口にしていない 配られた乾燥したパンにバターを塗り重ね 青く黴びたバターの天鵞絨の地層を 一枚ずつ舌で舐め剥ぐうちに 僕らは伝染…

ボイジャー

渦巻銀河への定時通信のため 紅くちりつく高感度アンテナをたてた 高ぶる鼓動が同期して 貴女の内宇宙の声が 非可逆の圧縮音源として僕のなかへ送られてくる 星と星はたがいの産毛を意識するほど近く 僕らは血管のノードを通してせわしなく星間飛行を行い 音…

臨終

金貨を数えるようにして数えた死ぬまでの幾日かを 安酒を飲んで使い果たした 死神が手首を取るとすでに脈はなく 今はただ酩酊だけが僕の付き添いとしてふさわしい ねえ頼むよ お願いだ 二日酔いの僕の唇へとっておきのタンカレーを入れてくれ 飲んだくれの最…

ピラミッド

王の墳墓を築くため男たちは巨石を牽く 並べた丸太の上を 物言わぬ花崗岩の物量が搬ばれてゆく 石切場との往復で 一日をとぼしく使い果たした肉体は 活力を振り絞り 菜種の滓として無惨に抛りだされた だが精神はむしろ疲労の極みに昂ぶり 慈愛の気持ちさえ…

勤務時間

歯車が噛んできつく巻かれたぜんまいがゆるみだした 産業をなめらかに動かすための潤滑油がさされ 鐘楼の鐘と共にある農夫たちの観念としての時間が 陶製の堅固さをもって立ちあがりだした 日の出から日の入りまでの角度を 分度器なんぞで計る非情なくわだて…

眠れる季節

アタラクシアの夜の果実 円い錠剤のかたちをして 奥歯で噛むたび苦くえぐみの出る林檎の種子を 寝入る前に一粒ずつピルカッターで砕き割って 舌で巻きとるようにしてごくりと呑みくだした シトラスシャンプーの香る枕カバーをひたいでぐりぐり推した 胃に調…

冬眠

冬ごもり のために大量のくぬぎを必要とした 僕らは集めた 朽ち葉を細かく咬んで おがくずの寝床をしつらえた 菌糸ベッドで眠るわが子を おがくずのふとんにやさしくうずめ 妻はあくびをかみ殺し 僕の寝間着の袖をひいた 僕らはくぬぎの底で 深くゆるやかな…

爪たちの休息

工場の天窓から射した峻烈な秋日 耐熱紙コップを照らしてよ 埃の浮かんだ杜仲茶を労働明けの咽喉が飲み干したなら 透明バッグの中の薄紅梅のリップや柑橘のデオドラント 疲労にくすんだ掃除女が休憩室のテレビの前に腰をおろした 釉薬を垂らした百均のちゃち…

人身事故

たび重なる人身事故のたび京急線は人員輸送としての機能をうしない 勤め人と学生で膨らんだ深紅の車体が立ち往生した 繰りかえされる車内アナウンスに耳をすまし 乗客たちは 最初のうちこそ押し合いへし合い反目するのだが やがて倦み疲れて京急川崎駅辺りで…

希望に涌く蟲

壜を購入したいのちの水をそそぐための壜を 僕はそれを枕もとに置き うなされて目覚めるたびひとくち飲んだ 分厚いカーテンをおろした暗い寝室で結露した くみ置き水は月日が経つにつれ腥くとろみを増してゆく 壜の中でぼうふらを湧かしたのか 体内で孵化し…

死の運び手

次なる苦痛の担い手たち 煤を吹く死者たちを籠に背負い運んでゆく 死は彼らの背中で醸成され 痛みの濃度は静かに高まってゆく 死者たちの発するおぞましい苦痛が揺さぶられるたび 籠の編み目から無数の焦げた煤が漏れだし 瀝青を垂らした跡が 点々と彼らの歩…

バラッド

月の宵男たちは声もなくウイスキーで 武装する夜気の垂れこめる沙漠の夜はあまりに 肌寒く酒なしではとうてい遣りきれない 酒壜の封蝋をナイフの刃先でそぎ落としきつく 締まったコルク栓を歯で噛んでひっこ抜く男たちは 鼻孔をくすぐる鼈甲色の液体で砂っぽ…

再訪

訪問者の途絶えた九〇年代の個人サイトを巨石記念物として称えよ! デジタル信号の墓標の墓前へ肉詰め罐の造花を献じよ! 疎んじられた塚人たちがまどろむ創世記の電子交流網の 無数の掲示板の底へ堆く堆積した まれびとの書きこみを墓碑銘と認めよ! われわ…

薫る紅茶の旅情

ティースプーンで突き崩した角砂糖のなかに ひとさしの旅情を発見した 親切な誰かが僕の紅茶に浮かべてくれたのか 褐色の少女たちが揉んだ紅茶葉には 僕の旅立ちをそそのかす 期待と不安をない交ぜにした香気が含まれているのだろう 食道を流れ落ちる誘惑は…

懸想

貴女の肌のクチクラ層へ 僕の唇は千枚通しの役目を果たした 貫かれた心臓は毀たれたことばを拾い集め 夜ごと囁かれた睦みごとの断片はそこかしこに霧散し たおやかな愛情を帯びて大気中で摩擦を起こし 激しく赤熱して そこかしこに脈打ち 燃え尽きてなお消え…

氷壁

君のスープを温める者はいない 君の奪われた靴を 取り戻してくれる者はいない なにを期待すべきだったのか、そして なにを期待すべきではなかったのかを問いつめても 明確な答えが返ってくることはなく ただ無言の氷壁のみがその厚さを増してゆく

赤貧

窒息する/窒息しかけているのを 僕らは身をひそめて手足をちぢめて確認する 呼気に含まれる酸素は目玉が飛びだすほど高価く、僕らは なけなしの貯金を切りくずし かろうじて生きるに足りるだけの呼吸を手に入れる 肺胞に幾ばくかの酸素を送り だがそれは つ…

熱帯夜における熱交換について

空調のきかない室内の 腥くまとわりつく汗は粘膜めいて生ぬるく 真夏の温室のようなむし暑さに耐えかねて 僕はとうとう雑木林へ繰りだした 街灯と街灯をつなぐ闇が 体液に混じってねっとりと僕の体に絡みつく 手足にたかるヤブ蚊を叩き 轢かれた蛇のなきがら…