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インターネット死体蹴り

ある肉声

内側にあることばが涸れ果てたとき それは外側からの刺激が供給の意味をなさなくなったときだ ことばの水脈は意識と無意識の分水嶺をへて 環境の移ろいによりその水量は増減し 先細へ位置するわたくしは その効果をてきめんに受ける個人だ ある老鷹があどけ…

望みの火

運ぶまでもなく火は 僕らの胸に燻っている 火は山査子の花を照らし 消えない蝋質の焼け跡として残された 僕らの火は 瞳の奥にある 誰に希われることなく

藪の中

藪をかき分けやってくる 誰なのか 笹の葉が皮膚を擦れる音を出すのは その正体はうかがい知れない どこの誰なのか 何が目的なのか ああ 黒唄鳥たちよ伝えてくれ ここに居る ひどく怯えた若者はおまえなのだと

恋愛環

虹色の油が浮かんだ水溜りの傍らで泥をすする気配がした 泥すすりの女は丁字路に這い蹲ってアスファルトの窪みに舌先を伸ばし 自動車油の淆じる水をじぶじぶと舐めて飲んだ 僕は彼女を近くのコンビニへ連れて行くと 店員が床に掃き溜めた埃を買い求めた 砂や…

しろくまたちは

しろくまたちは電車を待たない 彼らは魚群の訪れを待つ 飢えているから

恋愛環2

君が口から取りだしたべとつくかぶとむしを 僕は生涯いとおしむと決めた その光沢のあるキチン質の君の舌苔の混じる唾液の 血痰と胃液のまりあーじゅの中にこそ 僕らの共同生活が築かれるべきだ そこからが僕らの新しい朝が生まれるべきだ すべての恋の群生…

鉄橋

囀る鶯が影絵として鉄橋を照らし 蛍火の流れる街辻 おまえの息は色を銀に曇らして弾む襟巻の 毛先には埃として 雪 抱き合うのか? 橋の上へ 濁るドブ川の底へすべってゆく 靴はそろえて 靴はもう脱いである 靴は

呑気症

呑気症の孤独胃袋の底へ溜まる空気は比重が重く 水銀のげっぷに食道がやられっぱなし ひくつく喉の卑屈なめらかな飴で喉をうるおし ふくれあがる卑屈な胸の奥の小石は膠で固められ 塗りかためられ おどろおどろしく仰々しいこれが人生なんて 誰も彼もが一方…

竜を

木蔦絡んだ牢獄で 暗い木目の格子ごしに考えるのは奪われし日だまりの 広場きついコントラスト白く飛んだ街 僕ら手を取り合い渉猟した 夏の残滓としての青灰色の入り江を おまえ受肉されしおまえの苦難を和らげるきよ水を 汲め汲めどもすくえないのなら 僕は…

羊歯食み女

羊歯食み女のへそに似ていて 暮らしよい巣穴を見つけたけれど そのうち追い出されるに決まっているから おいらには分かるんだ マルベリーの畑を踏み荒らす巨人たちが えらく不機嫌なことくらいは

倦怠

味のしないガム咬んでこんな作業に従事して昼 火星まで行き運河をがさがさ網の目に星の砂がかかるので 「アア。日々の著述作業の疲れが出たようだ」などと あくびをして あくびを何度もして 網の上を歩く芸人の空は青金石をまぶして数万トンもの重しとして …

逆子

いつだってそこは静かな沼地で 泥にまみれるのを厭いながらも還る場所だ 集めたまえ 絞りだされたモンブランの柔らかい過去を おまえの信じる愛情の雫が発酵した慈雨となるのであれば 芯のある共同懸想を求めるのならば おまえは達しうるか? 煮える瀝青をた…

こぼれる花粉について

石蔭から引きずりだそうというのか 報われぬ横着者の住む桟橋に 保たれる花嫁を焼く村の窯 心くるおしくも胸かき乱される客人たち その席の 薫付きろうそくに灯れ 凍てつく冷たい炎 不感症のおまえの手のひらを灼くほどの

勇気

だめになるのではない だめとなるのだ 否定のその内側へ鋭角に潜りこむことで 否定はおまえを肯定するだろう きわめて局地的なその戦いをもぎとれ

鳥かごから鳥かごへ

鳥かごを購入したもちろん自分が住むための 駅前の黒いお湯が湧く銭湯の裏の小さな小さな鳥屋さん セメントの床は糞で白く 糞のにおいがまんべんなく垂れこめて 文鳥や四十雀がなきわめくの店内で 僕は竹あみのかごを購入した自分を住まわせるための 真鍮の…

同席

僕の座るテーブルの正面と斜め向かいに 豚のマスクをした女性が二人座っている 女たちは僕に断りもなく爪をおろし金で削りだし 生みだされたカルシウム粉末を粉薬のようにして飲んだ そして僕の知らない言語で軽やかに歌いだした おいしい残飯の在処 素敵な…

金平糖ワルツ

混ざりものの多い透明な糖蜜に 赤や白や黄色をしたざらめの星が爆発した それらの矮星は子供たちの口の中の宇宙で攪拌され 舌先でねぶられざくざくした砂糖片として咀嚼されて その一生を終える運命なのだが なかには気骨に富んだ反抗心を具有するやつがおり…

傷心

睡魔が僕のまぶたを引っぺがしたのは 孔雀石のかたちをした想いに理屈が必要だったから 簾をすかして吹く午睡の吐息に奪われたのか まなつの夜のプールの 塩素で満たされた暗夜の青と 理不尽にもぎ取られた柿、柿、未熟のままで 腹這いで袖を滑り止めにして…

ぎんいろヒューマン

この一瞬一秒が銀なのだ この人生が孵化しこの人生がみずかびに被われるまでが 掛け値なしの銀なのだと 君たちは有限の銀鉱を喰って肥えてゆく贅沢な生き物で つまらない争いや憎しみを排泄しては 気の毒な嫌気性のバクテリアどもの余計な仕事を増やし 世界…

シスターミート

魚の似顔絵として立ちあがるまで秋の旅はつづく 陶器を泳ぐ魚としてまでおまえを愛したいのだが 先日から妹は体調をおかしくし もうすっかりだめかと思われたのだが 僕の妹肉はある程度の修復を受け入れてくれて だがそれは日増しに増大して 僕と描きかけの…

止水域

忌み者の沼に僕らは沈んだ 糸引く藻類の聯想 とめどなく繋ぐ数珠の追憶 離れるな、蔭人のたくらみが 奸計が僕らの絆を 毀損しようと 光の 光射さない水深へ 底打つ止水域の 軟らかく汚泥とデトリタスとして舞踏する生活へ 営んでいきたい、今ふたたび歩んで …

晩餐会

豚の食事会に誘われた それは一種の名誉と考えられた 赤い封蝋を捺した角封筒 ひび割れた蹄の印を剥がした 牧草の香る便せん 几帳面な筆記体 荘園領主のマナーハウスへつづく蛍火の畦 芽吹くままに包んでゆく暗緑色の森 苔の手土産を蔓草で結わえ ゆくだろう…

ひとりぐらし

振り払わなくてはならないこの惑星の温度を 真夏のデリーのような熱風が僕には空気が辛すぎるから 僕の体のひょろっとした放熱板ではもうこの熱を抑えきれないから できれば君を連れてゆきたいけれど 今となっては無理な相談さ 振り切らなくてはならないこの…

48

寝室でコバエが落ちはじめた 家主が餌を与えるのを躊躇いだしたから シーリングライトを踏んで輕快にポンピングし 気ままな王族として君臨していた彼らの栄華は徐々に翳りを帯び 壁面に付着した壁のシミの一点として振る舞う礼節を学んだ 老齢の哲学者として…

ネクタイを緩めろ

貪欲なボアのネクタイが僕の首をぐいと絞めあげるたび、 またひとつ貴重な命をおとした(幾つもの命がすでに散らされ) あるはずのものがなくそれはあるはずもなく ないものだけをねだる求不得苦 気道が悶え頸動脈を流れる血液苛つき ワイシャツの糊効きすぎ…

老化

すべての希望のえにしだ 手折られて束ねられ 肉体を簀巻きにする環境倫理 共同体からの隔絶は根深く 僕の説教にちからはなく こぶしに血が滲むまで叩くのか 夜ごと問われるおきての門を 夜ごと供えられるえにしだの檸檬色の花束を どう猛な香辛料を含んだ、…

死者蘇生

ぬれた黒土食べたがるばらの庭に貴女は埋められた後頭部を強く撲たれ 花嫁衣装は朽ち果て干し花のブーケはそのにおいを憂い顔にとざされ 来るのを待った百年の歳月は長く短く雨と雪かわるがわるかさねられ 小指に結わえられた糸の約束臙脂のベルベットの強靱…

靴下泥棒

靴下を靴下をください貴方のとっておきの靴下を 黙ってないで私にください 渡してください半日はき通した酸っぱくぬかるんだその靴下を さもなくばしなくてはならない泥棒を 人がはいている靴下をくすねるにはちょっとしたこつが要るんだ いちばんのカモはぐ…

サウダージ

分厚いアクリルのような透明な壁に囲まれた保育園の 模造赤玉土の荒れ庭に僕はまだひとり立っている 土をいじり、地面をせわしなく行き来する擬造蟻体の列を 餌を巣穴へ引っ張りこむまで飽きることなく眺めた お昼休みになると緑色の子供たちが僕を誘ってく…

祖父の帰還

雪花石膏の茅花をながして 曼珠沙華の萼の輪郭がもろく崩れさる 眠るための居場所を求めてもうろうとした視線が泳ぐ 翡翠の花の丘を とうろうの泳ぎつく視線の先を 村を焼きだされた犠牲者の靴 まあたらしい少女のサンダルが 溶解したプラスチック片が彼らの…