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インターネット死体蹴り

晩餐会

豚の食事会に誘われた

それは一種の名誉と考えられた

赤い封蝋を捺した角封筒

ひび割れた蹄の印を剥がした

牧草の香る便せん

几帳面な筆記体

荘園領主マナーハウスへつづく蛍火の畦

芽吹くままに包んでゆく暗緑色の森

苔の手土産を蔓草で結わえ

ゆくだろう 木漏れびとの妻をたずさえ

杜松の瘤から生まれた木偶のわが子を抱きかかえて

こぶた

足下にまとわりつく無数の羽を生やした豚たちが

僕らを歓迎した、そののち僕らを拒絶した

滑稽な話。人のくせして豚らしく振る舞えないのだから。

僕らの正装はみすぼらしく、領主の晩餐に似つかわしくないと。

見くだされた判断は

烙印として僕らの皮膚を灼いた

燭台のろうそくの火が揺らぎ、食卓の空気がおもったるく粘度を増した

柱時計の振り子がしたたり落ちてゆく

僕の脂汗が皿に落ちてラードの泪と化した

妻が薄らぎ 子どもらが癪を誘発し苔を吐いて粗相をした

彼らの流儀に従うため

僕らは喉のとげとげしさを抑える整涼剤を飲んで、飼い葉を平らげるため

三角形をした酵素剤を六錠飲んだ

客人としての正当な接待を渇望した

あるじの嫌味で上品な笑顔 ナプキンでぬぐわれるぬれた豚鼻先

推し量られるものを探るための血走る眼球

天秤の分銅と釣り合うまで歪めあう晩餐のひととき

ひとりぐらし

振り払わなくてはならないこの惑星の温度を

真夏のデリーのような熱風が僕には空気が辛すぎるから

僕の体のひょろっとした放熱板ではもうこの熱を抑えきれないから

できれば君を連れてゆきたいけれど

今となっては無理な相談さ

振り切らなくてはならないこの惑星の重力を

僕にはきつすぎるしがらみだから

岐阜の山奥の共同体の不文律として僕を縛りつけてくるから

ともだちやこいびとやかぞくと離れるのは寂しいけど

できれば君とは別れたくなかったけれど

ああ未練なんてやめやめ、僕も君もとんだめそめそ野郎だ

なにしろ行きたくなくても行かなくてはならないんだ

なら行くさ行こう

お別れだいとおしい人もいとおしくない人もひっくるめ

地球人類よ君たちにはずいぶん世話になったなあ

この惑星のくろ土を強く蹴って飛び立とう

僕の持ちうる宇宙速度のすべてをそのためにつぎ込んでやる

二度と連れ戻されないくらい激しくおのが全存在を射出せよ

惑星よ僕をつれ戻すな

太陽よこのくびきから僕をのがしてくれ

もっと強く早く悍しく

息なんてするな 息なんてするんじゃない

考えるな考えろ 見えるものすべて見据えて加速しろさあ走れ!

 

飛べ

HKT48

寝室でコバエが落ちはじめた

家主が餌を与えるのを躊躇いだしたから

シーリングライトを踏んで輕快にポンピングし

気ままな王族として君臨していた彼らの栄華は徐々に翳りを帯び

壁面に付着した壁のシミの一点として振る舞う礼節を学んだ

老齢の哲学者としての黙考に耽り

ときたま慰めに加藤登紀子の百万本のバラを口ずさんだ

長い口吻からこぼれるのは貴女に捧げるためのべにばらの花束

彼らの飢えと餓えが昂進すると

不揃いだった歌は合唱として立ち上がりだし

やがてクローゼットの木目にそって並んだ数千数万のハエたちが

割れんばかりの大音声でがなりだした

真っ赤な真っ赤なばら色の指さすあかつきに

一小節歌うごとに臣下は力尽きて落下し

渇いたさんごすなのカラカラした虹色の翅が床に軽く積もってゆく

窓のない室内に吹きこんだ熱情

ハエたちはその最晩年にはがらりと趣旨を変えてアイドルに耽溺し

なかでも指原莉乃をこよなく愛した

死にゆく王の抱くそれは握手券つきCD

糞の付着した足跡べとつく紙切れの祝福

今際のきわに王はうめく「またとない」

そのすべては朝まだきに生まれ指ばら色の女神たるさしこのために

ネクタイを緩めろ

貪欲なボアのネクタイが僕の首をぐいと絞めあげるたび、

またひとつ貴重な命をおとした(幾つもの命がすでに散らされ)

あるはずのものがなくそれはあるはずもなく

ないものだけをねだる求不得苦

気道が悶え頸動脈を流れる血液苛つき

ワイシャツの糊効きすぎの拘束具として

僕の手の動きを縛ってゆく(それは帆布の重厚さで骨と皮をひき裂く)

喉に巻きつく襟が皮膚を赤く擦る

むく犬の首輪

鬱血して青く染まる

白い襟付きの独房

つながれた石油精製物の軟らかい鎖をその戒めを

引きちぎれ 引きちぎれ

老化

すべての希望のえにしだ

手折られて束ねられ

肉体を簀巻きにする環境倫理

共同体からの隔絶は根深く

僕の説教にちからはなく

こぶしに血が滲むまで叩くのか

夜ごと問われるおきての門を

夜ごと供えられるえにしだの檸檬色の花束を

どう猛な香辛料を含んだ、攻撃的な酸素の群れが

血気盛んな辛味の申し子たちが

世間体積の膨満として囲繞し

僕の血を流れるわずかな鉄はおびえて酸化した

関節は錆びに錆びた、指先からくるぶしに至るまで

死者蘇生

ぬれた黒土食べたがるばらの庭に貴女は埋められた後頭部を強く撲たれ

花嫁衣装は朽ち果て干し花のブーケはそのにおいを憂い顔にとざされ

来るのを待った百年の歳月は長く短く雨と雪かわるがわるかさねられ

小指に結わえられた糸の約束臙脂のベルベットの強靱さで食いこんで

新月の晩に雨合羽を羽織り護謨長靴にジーンズの裾をたくしこんで

掘り当てるだろう僕を待つ貴女をおとなう季節を

一世紀にわたる不条理を乾燥した皮下脂肪へ貯めこんで

貴女を貴女の死骸を光のない光がすかすだろうそれはおそらく月光だろう

夜半の墓地の無銘の腐葉土へ遣わした墓守が

貴女を迎えでるだろう年代物の墓石をどかし

ぬかづくかしづく手の甲へくちづける忠実なるしもべとして

なぐさみものとしてのなまくらな刃物を供するだろうそれは死の供物で

もうひとつは暗銀の誓約指環それは貴女への

百年めのまごころの愛となるだろう掛け値なしの献身として

靴下泥棒

靴下を靴下をください貴方のとっておきの靴下を

黙ってないで私にください

渡してください半日はき通した酸っぱくぬかるんだその靴下を

さもなくばしなくてはならない泥棒を

人がはいている靴下をくすねるにはちょっとしたこつが要るんだ

いちばんのカモはぐでんぐでんに酩酊した会社員で

駅の構内や公園のベンチでつぶれているところを

そっと忍び寄ってはズボンの裾をめくりあげ

すね毛のからんだふくらはぎをひとさすりして

くるんくるんとまるめてゆく靴下の輪っかを

くるくるまるまる輪っかを深夜の中華鍋の高温の油におとし

からっとあげれば靴下ドーナツのできあがり

お腹をすかした女子高生やおばかなOLたちが

おじさんたちの足臭で味つけした靴下ドーナツを食べて

らいちのような味がするねい、などと噂しあって

噂が噂を呼んでグルメサイトでの大評判

それで私の店は大賑わいのてんてこまい

念願叶ってようやくお金持ちになれるんだから

だから靴下をだしなさい靴下を貴方の脱ぎたての靴下を

黙ってないで早く出しなさい女の子たちのおやつとしての靴下を

早く! さあみんなが食べたがるうちに早く!

サウダージ

分厚いアクリルのような透明な壁に囲まれた保育園の

模造赤玉土の荒れ庭に僕はまだひとり立っている

土をいじり、地面をせわしなく行き来する擬造蟻体の列を

餌を巣穴へ引っ張りこむまで飽きることなく眺めた

お昼休みになると緑色の子供たちが僕を誘ってくる

彼らは瓦斯を詰めこんだカーボン球を投擲し

数十本のべたつく触手を自在に駆使して

ぶつけあう遊びをことのほか好んだ

だが僕はその遊びにはまるで興味がなくて

僕を取り巻く異星の世界とその有機的な連鎖から

カクゼツされていると感じた、クベツされていると

僕の華奢な体にはこの船の重力がつらすぎるから

この船の大気が軽すぎるから

赤ん坊の頃さらわれてきて地球人の気持ちのまま成長したから

僕は石を並べる遊びだけを好んだが

それはカーボン投擲に比べると陳腐でしかなく

僕の並べた無言の救難信号の意味は誰にも知られることなく

星間播種船は遠く母星を離れ

何万光年の距離を旅して深宇宙をひたすらに遠ざかる

少年の心に望郷の念はむなしく

いびつな成長剤を幾度となく投与され

三年ほどで大人になることをただむなしく学んだ

祖父の帰還

雪花石膏の茅花をながして

曼珠沙華の萼の輪郭がもろく崩れさる

眠るための居場所を求めてもうろうとした視線が泳ぐ

翡翠の花の丘を

とうろうの泳ぎつく視線の先を

村を焼きだされた犠牲者の靴

まあたらしい少女のサンダルが

溶解したプラスチック片が彼らの夜の安寧をおびやかした

南方で餓死した祖父を象る木像を

黒ずんだ柳行李から探しだそうとした

埃のきらきらした熱帯雨林

麻剌利亜患者の痛みと熱のひとくさり

蛆湧く腐肉漁りの炭化した膿

火傷しながら手酌でしゃくる土鍋のうすい雑穀粥

醤油色をした手帖と傷んだネガフィルムの

爬虫類の光沢を帯びたひかりとかげ

灯台へ

けものあぶらの火にあぶられ

ランタンのがらす窓がくろく油じみで煤けてゆく

灯台守としての日課である夜ごとの火入れのため

背筋のまがった老父は

ふじつぼまみれの磯べりの階段を

シブレの杖をついてくだってゆく

目なきである海底泳行群を導くための深海の焔は

三基のあんこう信号の触手の先で鈍く明滅し

老父の節くれ立った指がえさ袋から 生体信号機の燃料となる

おきあみと魚粉とこむぎの練り餌をとりだした

餌をばらまくうちそのこうばしい香りに食欲をそそられたのか

なん疋かのうみねこが磯へうちあげられて

尾びれと背びれをべったららと鳴らした

えらが大気中の毒素を否応なく吸ってしまうので

にいおう、なうおうと耳をたらして弱々しく啼きわめく

ふだんはなさけごころを起こさぬ老父も

こんな湿っぽく膝関節の痛む夜には

霊長類らしい気持ちも湧くとみえて

掌に一握の海水をとると

ひからびたうみねこたちを濯ぎぬらして海へと帰した

海鳴りに乗じて黒々とした重油の海へと泳いでゆく

老父はふたむかしまえの流行歌をくちずさんだ

二十四時の時報が鳴る

重々しく深夜の埠頭から夜明けの湾内へと轟く大砲の音…

未完の恋のcoda

女の子たちは虫歯の奥に恋心を隠している

これはまったく本当の話だ

二人でみかんの海を泳ごうと誘ったときに 君がいかめしい顔をしたのは

胸の虫食み穴につぶつぶのみかん汁が染みるからだ

僕の不埒な雄の昂ぶりが君の羚羊の悲鳴となって

ふたりきりの海水浴の気分に水を差したなら

僕らの持ち分である恋人同士の時間はチップとして均等に配られるだろう

君が君らしくわたがしをベットすれば

僕も僕らしく節足歩行者たるむかでの標本をコールした

指折り数える天体の運行に則って

丁半の恋解きはおこなわれ もがれた果実は朔果としてえぐりだされ

若い男女の汗光る雁首の並んだ賭場は荒れに荒れた

僕らの無謀な博打はむざんな結果をさらした

ここが素寒貧のふたりの愛情の終端部だとして

なお続くものを

手ですくおうとした

救おうとした 柑橘類の記録媒体として焼かれた

君のまなざしで僕らは糖度を高めあってゆく

義眼交換会

木曜日の午後の定例お茶会で

六人の少女たちがそれぞれ持ち寄った私製義眼を交換する

くずきりの硝子体、羊羹の瞳孔、飴細工の角膜が

青くくすんだ瀬戸物の皿に一揃いずつ置かれて

ぬらりとした涙液の中にひたされ

ティーポットの中の紅茶葉が蛹から孵る毒蛾としてほころび

少女たちは 無言でお茶をくみ交わし

手に入れた義眼を代わる代わる自分たちの

虚ろな眼窩に押しこんんで

指でぐいと押して肉眼と視線を合わせると

「どう? どう? 似合う?」

などと榛色をした義眼のぐあいを友達に尋ね、だがしかし

和菓子でつくられた義眼が似合う者はその場には

ひとりもなく 少女たちは落胆して肩をおとし

「次はバターと小麦粉で試そうか」

などと相談しあい、自分たちがこしらえた目玉に爪楊枝を突きさして

お茶請けにして食べることにした

それからの数日は私製義眼の試作品の結果もあがらず

日が経つにつれ梅雨のじめじめした風が窓から這入ってきて

室内の調度品を嘗めつくし

少女たちの制服にブロッコリー状の黴をもたらした

黴は室内を埋め尽くし 厚い胞子のコロニーが至るところへ形成され

少女たちは全身黒と青の斑に冒されながら

嘆息した

それもこれも 全部お似合いの義眼が見つからないのが原因なのは明らかで

お嬢様校の生徒らしからぬ悪態を吐いては

黴だるまとなった友達の体をある方の目で見つめ 黴が恥ずかしがって

思春期未満の少女のうぶな体から離れるまで

じっと凝視し注視した 

黴がみずからの悪行を自覚して未熟な体をまさぐるのをやめるまで

ただ静かにお茶会のメンバー全員で 六つの瞳で睨んだ

日々の祈り

骨肉をすり減らして働く生活が切れ間なく営まれ

日々の祈りがその強度を増した

駅の公衆便所に膝を突き

糞便と尿にまみれた床にぬかづいて

再生紙のちり紙を苦行者のごとく奥歯でかみしめ

僕は僕の先細る魂と

貴いしろがねのすべてを賭して

この街を遍く見守る貴女へすがり付こうとした

 

僕の祈りは聞き届けられたのか

便器の底から聖歌隊の少年たちが湧出し

納めた労働をののしる歌を

苦痛をなぐさめる一時しのぎの歌を

清澄なボーイソプラノで歌いあげてくれた

だがどうしてだろうか

こんなにも恋いこがれた天の恩寵を

貴女が遣わしたまごころからの慈愛に耐えかねて

恍惚と歌う少年たちを一人ずつ親指と人さし指で挟んでひねり潰し

黒く潰れた羽虫の死骸めいたものを

ナプキンを捨てる箱へ奉納し

僕は僕の礼拝堂を後にした

 

骨肉をすり減らして働く生活はなお途切れなく営まれ

生の呪いは熾火として肉体のうちで燻る

僕はもう祈るのをやめ

内なる嵐がやむのを待たずに歩きだした

僕が僕ではないものへ到達するために…

道迷い

きつねとの別れのあと

埃の粒子が粉っぽく頬をぬらし 泪の跡が目立たなくなるのを歓迎した

かなしい出来事が多すぎたから

泣き疲れた迷い子はすずかけ通りを南南東へ向かい

加密列の香る国道沿いのバス停で道を尋ねた

「59系統の市営バスにお乗りなさい」

「えのはな駅まで行けば風向きも変わるだろう」

「トークンはあるかね?」

黒ぐろとした影たちは、迷い子に小さなプラスチック片を渡した

やがてバスが木炭の煤を吐きながら走ってきて

迷い子は運転手にトークンを差しだした

小さなさすらい人を眺めるまなざしで運転手は鼻声でうなずき

「早くご乗車ください」

バスが地中に潜ると、みみずとの衝突事故がたえないから

なるべく定刻通りに発車したいのだなと乗客たちがひやかした

迷い子はバスの片隅で体を休め

頭のてっぺんの栓を抜いて体から僻んだ空気を放出した

しぼんでゆく体から 不運の瓦斯が噴出する

めまいと かすかな吐き気

どうやら私はひどい星のもとに生まれたのね、と迷い子はつぶやく

こんな見当違いの錯綜が常態だから

木化石のきつねにつままれて都市空間を放ろうするのだろうか

えのはなに到着したら、あたらしい空気を買わなくては

きつねの鉱毒が混じらない 土地勘が濁らないまっさらな空気を吸い

何年先か 何十年先になるかはわからないが

この空間酔いさえ克服すればきっと私も道に迷わなくなるのだと

迷い子は手のひらを固く結び 祖母のおまじないを唱えた

黄昏

サイダー壜の底にうずくまる

気泡を固める仕事を行ううち

甘やかな少年の心は穿たれた

 

冬の日のアトリウムは人類が

滅んだあとの閑けさに抱かれ

眠気が木々のすきまへ溜まる

 

瓦礫の上に音もなく雪降る刻